EU4 Discordマルチ参加レポ

どうも、さるまんです。
今日は久しぶりに書きたい事が出来たので更新してみようと思います。

書きたい事はずばり!最近はまっているEuropa Universalis 4(以下EU4)のマルチプレイに参加したレポートになります。
AARみたいにしっかりしたレポートではありませんので悪しからず、参加した感想みたいなものですね。

開始前死亡!恐怖の外交殺害!

wikiのマルチプレイからリンクを踏んでマルチプレイのDiscordに飛んでしばらくして新規のゲームが募集されていたので参加しました。
くじ引き順でプレイしたい国家を選ぶのですが、幸か不幸か1番を取ってしまいました。
プレイ国家の経験があまり数がなく、ひっそりと暮らせそうな国はないかと考えて最初にプレイして一通りやり方を掴んでいたスウェーデンを選択。
今考えてみれば経験したことがなくても、イギリスとか選んでおけばまた違ったのかもしれませんが北欧そこまで美味くないしええやろとチョイスしたのでなんともまぁ。

そして不慣れながら各プレイヤーと個人チャットで開始の利権決めを行いました。
利権決めは交易ノード毎が基本のようだったのですがポーランドとは最初から敵対するよ敵対するよと言われていたのでどうにかロシアとフランスと組めないかと考えていました。
ロシアは曖昧な態度、そしてフランスはポーランド分割しようぜ!的な話を持ちかけられフランスが味方ならうれしいと同意して纏まり、イギリスはアイスランド等の利権放棄で独立支援(スウェーデンは初期デンマークの同君下位です)してもらうことで決定。
ここまではまぁ良くてリトアニアに独立支援してもらってポーランド同君イベ不発しねーかなとかハンガリー引き入れて嫌がらせ出来ないかなとソロで考えつつ開始日を待っていました。

そして開始数日前、イギリスと独立支援の詳細を詰めようとチャットを送るも返信が来ず、しばらくしてロシアに探りの外交を送るとやはり返信が帰って来ませんでした。
ははーん?こりゃうちの分割決まってるくせえな?初参加相手に容赦なくやってくるもんだなと、違うといいけどまぁ十中八九そうだろうと覚悟を決めるはめに。
随分と露骨にやるもんだやるならやるでもっとこっちに気づかせずにやれよ、いや気づかせる為に露骨なのか?と腸が煮えくり返る気持ちでいました。
開始もしてないのに既に気持ちは最悪、さっさと死んでソロで練習してロシアイギリスポーランドプレイヤーに次戦以降で復讐して新規プレイヤーの私にどんな態度をとったか思い出させて後悔させてやろうと考えている状態。

書いてると当時の怒りが戻ってきて滅茶苦茶不機嫌になってきました。
EU4マルチ私向いてないのかもしれないな、ゲームの大半を私怨で戦うことになりそうだし。

マルチ1日目にVCに入るとインドのプレイヤーからスウェーデン分割されるらしいよ!(なんでインドまで知ってんだよ……)と話を聞きました。
結果、流石に初参加で開幕分割は可哀想だしとお慈悲を貰って日本インドオイラト(後の清)の許可を得てクメール(現在のカンボジア)に入ることになりました。
マルチプレイに参加して内政教えて貰うのもプレイスキルが上昇するし、復讐への近道になりそうだったしね。

各国のポチの座を点々とするクメール

クメールという国は正直EU4をプレイしてて関わったことがないっていうかこの辺の土地に殆どきたことがないレベルでした。
話を聞くとNIは殆ど軍事で陸の規律に士気もあり中々強いもので、アジアの富が集中するマラッカも近いと中々の立地です
最も内政への理解度が低いことで本来出せるはずの出力が出せなかったりgdgdしたりしていました。
EU4の内政殆ど知らなかったのでマルチで教えて貰ったことで大分上達した気はする。

さて、クメールはというとオイラトが清に変態した辺りで颯爽と朝貢国化の申し出を送ったりして清の兄貴のポチとしてまず動くことに。
ポチと言っても殆ど支援は貰わなかったというかオイラト清がそんな暇ない時期なのもありますが、個人で立ち回っています。
途中大コケして大越に負けたりしてモチベがゴリゴリ減る事になったりしてました。
この負けさえなければもうちょい早めに国力を上げることに成功したかもなぁと思うと大チョンボですね。

さて、清ポチクメールに転機が訪れます。
清がロシアとティムールに宣戦されて分割されることになります。
クメールはというとその時ぐだっていましたから兄貴への救援も出来ず(出来ても軍質雑魚なので勝てない)周囲のプレイヤーであるオスマンとインドも不介入という判断をして清は見事に爆発退場することになりました。
結果的にティムールがクメールの新しいご主人様になりました
今度のご主人様は有り余る財力からクメールにお小遣いをくれたり戦争に協力してくれたりといろいろと助けてくれてここから東南アジアの統合も軌道に乗ります。
インドも隣国としてかなり親密な関係に、ティムール配下仲間的な雰囲気でした。

ある程度国力も上がった頃、オスマンがティムールに攻め入りインドもそれに同調。
結果、オスマン&インド VS ティムール&ロシア&プロイセン(旧ポーランド)という図式に。
クメールはというとティムールには恩義もあるしとティムール側で参戦することにしました。

結果はというと戦力が妙に分散していたオスマンが大敗し、インドもなんだかんだと二正面でティムールに集中出来ず結果、オスマン陣営が敗北することになりました。
クメールはというとインド相手に密林で抵抗し続け、膨大な死者を出しつつ最終的には中国の南の領土に逃げる事に。
この時期ちゃんとアイデアも取れておらず軍質で劣っていたのと純粋な基礎の軍量の差で滅茶苦茶厳しい戦いでした。
なんでロシアとポーランドと協力するはめになってんだよ。死ねよロシアとポーランドと若干テンションは下がってましたね。

さて、この後の時期ロシアが問題点の財力を中国の富を得ることでカバーし脅威論が唱えられ対ロシア連合が組まれ始めます。
復讐対象の一人であるロシアを殴れるチャンスとあれば乗るしかなないと参加してプロイセンオスマンの西部戦線、クメールインドの東部戦線を形成して殴りかかることになります。
対ロシアの姿勢の違いでご主人様ティムールとはお別れしてお隣のインドとの協調関係に軸足をうつしていきます。(クメポチ、3人目のご主人様を得る

やはり莫大な支援を受け取ってガンガン国力を伸ばす育成系キャラクター国家クメールです。

最初こそ順調に占領地を拡大、中国を北上していたのですがロシア軍が西部戦線を放棄して東部に集中しだすと押し返され始めます。
クメールの人的資源も尽き、徐々にインド軍頼りになり始め傭兵でしのごうと金を軍に変換していました。(その金もインドに援助してもらう有様

戦争中にロシアからクメールが1位のインドと協調し続けるなら殺す、手を切るなら中華利権を譲歩するという旨の外交を貰いましたがこれを無視。
というかインドと殴りあったら死ぬのは前の対インド戦で痛感していましたし、何よりインドは交易の下流にありメリットも労力と天秤にかけて薄いのも大きいです。
かつ自国が死にかけてロシアやオスマンなどの利害が一致する何処かの国が助ける為に動くと考えれるほど外交に信頼がありませんし、マラッカを日本が領土欲求マシマシしている時期でしたので分割されて終わると言う確信もありました。
そんな中でその日のマルチが時間になって終了します。

この時期スペイン分割が試みられるなどどこもかしらもチャンスがあれば分割する気満々です。

さて、ロシアに嫌がらせしながらどうにか次回遅延し続けるかと考えていたらプロイセン(旧ポーランド)からインドと手切りしないのかと外交が飛んできます。
……インド軍が居なかったら突破されて崩れるクメールに対してインドと手切りしろ?正気か?っていうか対ロシア戦でロシア軍の全力を受け止めているこちらにそんな事を言うのか?と軽く笑ってしまいました。
プロイセンの脳内を勝手に想像しますと、クメールとインドを手切りさせることで対インド包囲網を作ってロシアティムールの消耗を誘い、消耗したロシアをぶん殴って最強の軍を持つプロイセンが1位になる!という皮算用だったのでしょう。
戦略としてはまぁいい判断だと思います。ロシアとインドは両国ともに世界からヘイトを上位なのでかっていて思い通りの展開になる可能性は大いにありました。
まぁ、途中クメールはてきとーなとこで死ねってのが見え隠れしていましたが。死んでしまえ。

結果としてロシアとの妥協和平とインドがロシアへの対プロイセン支援で和平しようと話がまとまる事になりました。
ロシアと殴り合い続けるつもりだったクメールと支援してくれていたインドを反プロイセンへと転換させた名外交だったと言えましょうプロイセンの
結果的にそれからプロイセンは対ロシアにおいて東西から挟まれて殴られ続け、一位への道は閉じて列強の座から転がり落ちていくことになります。

それからなんじゃかんじゃありましたが、ヨーロッパ各国の足の引っ張り合いのグッダグダがあっただけなので正直クメールは暇でした。
因みにイギリスは日本に上陸されて死んでました、結果的に最初の外交で分割に加担した国がロシア以外転がっていってガッツポーズでしたね。

最終的な世界地図はこんな感じで一位はインドでした。
他所の国に一位取られるよりはインドでしょという圧倒的私怨交じりの立ち回りによりインドとの関係は変わりませんでした。

プロイセンの余計な一言外交がこの結果を産んだと言っても過言ではありません、っていうかゲーム硬直してもあれだし適度なところでわかれようかどうしようかとか迷ってた自分をインド支援に決定付けたのあいつだからね。

ゲームを終えての

さて、ゲームが終わった後、プロイセンのあの外交が~という話を出したところ、「インドの犬の心証なんて知るか」という旨の負け犬の遠吠えを頂戴することになりました。
ワンワン!プロイセンが死んで嬉しいワン!ワンワン!という気持ち、楽しい。

とはいえ終始独立した立ち位置を得る事が出来なかったのは事実で、ポチ国家クメールでした。
スウェーデンだったらどうだろうとかは思わなくもないですが結局ロシアとポーランドに圧迫されてフランスの尖兵的立ち位置だったろうことは間違いないので微妙な顔になれますね。
中小国はある意味そんなポジションを楽しむ位置なのかもしれませんが、今度もしやるとすればある程度イニシアチブを握れる大国スタートがいいかもしれないです。

とは言え、今回でなんじゃこいつと思うような外交に出会い、そしてまたなんじゃこいつと思われるような立ち回りをしたと思うので食傷気味にもなってしまいました。
マルチの回数も5回を超える回数の時間的拘束もありましたし、ゲームプレイ外での外交など属国位置で少なかったとは言えあったので疲れも感じました。

面白いとは思いましたが、逆に嫌な面もかなり多く見ることになったので次参加するかどうかは悩みどころです。
気心の知れた人とわいわいマルチプレイをする程度が私としてはあっているのかもしれません。
逆にガンガン外交して利害をぶつけて手切りして昨日の友は今日のエサというような立ち回りの人の方は楽しめるかもしれませんね。

1回参加しただけで判断するのは早いかなと思いつつ今日はこのへんで、ではでは。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク